行政刷新会議での事業仕分けが何かと物議をかもしているようである。
個別に、何がどうしたこうしたと書いてもしょうがないので、何となくだらだら書いてみたいと思う。もっとも「無駄を削減することが悪いと言っているわけではない」ことは先に述べておこうと思う。
「事業仕分け」の人選が悪いという方がおるのだが、「モルガン・スタンレー証券のロバート・フェルドマン経済調査部長」、「金融問題タスクフォースのメンバー川本裕子」、「元政府税制調査会会長の石弘光」、「財務省財務総合政策研究所主任・土居丈朗」と、まぁ~このあたりの人選が引っかかるのだろうと思う。
民間の「事業仕分け」の人選は、行政刷新会議の事務局長の加藤秀樹氏が主に行ったのであるなら、当然このような人選になりますか(笑
なんせ、小泉時代に始まった、「経済財政諮問会議」の中に構想日本もいたはずなのですから。それにはマスコミは目を瞑り、小沢氏が、新人議員を引き上げた時には、マスコミはこぞって小沢氏の権力行使だと騒いだのは記憶に新しいはずである。
早い話が、小泉・竹中ラインというか財務省ラインにはマスコミも何も言わない。どうも一歩引いてしまう人選であることは自分も感じている。早い話が、財務省主導だということでしょうか。
民間からの仕分け人の人選基準や立場、そればかりか権限も曖昧のままである。どうも主に朝日は、財務省と日本郵政びいき。その他のマスコミは小沢氏嫌いで一致をしているようだ。
21年度の財務省の予算は、1兆7308億円だと思うのだが、22年度の概算要求は、国債費が利払い費の増額を引いても、2兆6180億円で9000億円近く増えているはずである。財務省の予算をこれで削らなかったら、「非難ごうごう」ということにもなりかねない。
予算そのもの自体色々な解釈がるわけで、「予算行政説」・「予算法形式説」・「予算法律説」があるのだが、鳩山内閣が予算行政説をとっているのであれば、予算の執行停止(補正予算の約3兆円)ができなくなる可能性もある。となれば、国会での議決をしているわけであるから、当然予算法形式説か予算法律説ということになる。管さんが複数年度予算を視野に入れていて、なおかつ、予算の執行停止ができるとなれば、予算法律説に近いものと考えられるが、法整備が必要となると思われる。
財政法第二十七条によれば、予算を国会に提出する権利は、内閣の事項にあり、財務省が各省庁と協議の上作成し、閣議決定された後、通常は1月中に国会に提出されるとある。ところで、この内閣の一員である行政刷新会議が、財務省と各省庁と協議をする前に、事業仕分けで予算を削る権限があるのだろうか。
まぁ~、当然、仙谷は「仕分け結果がすなわち政府決定ではないと強調している」......。
事業仕分けが、ぜんぜん意味がないとは言わないし、それなりの効果はあるのだろうが、「財務省が各省庁と協議の上作成」とされているのであれば、事業仕分けの人間は、財務省の人間ということになる。もっともそのために財務省関係の人間が多くいるのであろうが、であるならば各省からもそれなりの人間を出して公開の場で議論をするべきであろうと思う。
「立証する責任は、要求側官庁にある」とする枝野の傲慢さは、どうもいただけない。行政刷新会議の設置についてとしてHPには次のように書かれている。
4 会議の事務は、内閣府設置法第4条第2項の規定に基づき、内閣府が行うこととし、内閣府に事務局を設置する。
(財政運営の基本及び予算編成の基本方針の企画及び立案のために必要となる事項)この点から行政刷新会議を設置をすることに何の問題はないのだが、何か腑に落ちない。おそらく財務省の力が強くなりすぎると「増税に走るきらいあるということ」に警戒感を感じるからなのだろう。
財務省本体の概算要求が最終的にどこで落ち着くかであろう。
<スコープ>
『ムダな事業』判定次々 “必殺仕分け人”に官不満
2009年11月15日 紙面から
政府の行政刷新会議による「事業仕分け」は十一~十三日の三日間で、予算カットや基金返納などを相次いで打ち出した。「必殺事業仕分け人」とも呼ばれる国会議員や民間人が、霞が関の論理を一刀両断して「税金の無駄遣い」と判定する展開が目立つ。世間の関心は高く、「政治主導」を印象付けているが、切られる側の省庁には不満が募っている。 (生島章弘)
「春は総理に小学校に行って教育していただくんです! 地方ではできません!」
交通安全対策の地方や警察への移管が議論になると、内閣府の担当者は、首相が参加する行事を持ち出して国主体の必要性を訴えた。
安全対策の企画立案や総合調整は国が担い、手足となって動くのは地方公共団体や都道府県の警察。地方に一本化した方が無駄がないというのが仕分け人の主張だが、内閣府担当者は「国を挙げてやるもの」と反論。仕分け人統括の枝野幸男元民主党政調会長が「内閣府と警察のどっちかにしなさい」と声を荒らげる一幕もあった。結局、交通安全対策は「予算縮減」となり、内閣府の担当者は「議論がかみ合わず、残念だ」と会場を後にした。
三日間で「廃止」「二〇一〇年度予算への計上見送り」と判断されたのは三十事業、計千二百億円余り。ほかも「予算の縮減」「基金の国庫返納」が圧倒的に多い。事業を削られる確率が高い現実を前に、官庁側も知恵を絞ってはいる。
ただ、仕分け人の地球惑星物理学者、松井孝典東大名誉教授が「毛利さんに直接カネを渡して自由にやってくれた方がいい」と促すと、毛利さん自身が「その通り。見直す時期だと思う」と同意し、予算縮減の判定になった。
仕分け人が大ナタを振るえるのは、行政刷新会議議長の鳩山首相が仕分け結果を尊重する意向を示しているからだ。枝野氏は「その事業が目的達成の効果的な手法だと立証する責任は、要求側官庁にある」と強気だ。
官庁側は、権限もない仕分け人に、わずか一時間の議論で「無駄」と判定されていくことに不満を強めている。閣内からも「削る、残すの基準を明確にしてほしい」(赤松広隆農相)と批判が出ている。
仙谷由人行政刷新担当相は「見直しと結論が出された事業でも、予算をつけなければいけないものも出てくる」と、仕分け結果がすなわち政府決定ではないと強調している。
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削るのが先ではなく、ひとつずつ精査をして積み上げた方が透明性が増したのではないのだろうか。また、第一次本予算~第三次本予算でもよかったのではないのだろうか?
本来であるならばゼロベースで精査をした予算を内閣が提出をしていくという方法が一番まともな方法に思えてならない。もっとも、急を要する予算の順番は、考えなければならないのであろうけども。

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by himajin321q
まったく、くだらない話