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官僚答弁と国会法

2009/11/12 23:30

 

  国会改革について議論をするための民主党の政治改革推進本部の初会合が開かれたようである。

 
いままで新聞をにぎわした、政府参考人制度(官僚答弁)の廃止などについての国会法改正など必要な法整備を行うためである。
そこで過去の社説を読んで見たのだが、6日の読売の社説を読んで、疑問を感じた。
 
社説には次のように書かれている。
 内閣法制局は、これまで憲法解釈を確定する権限があるかのような扱いを受けてきた。これは改めていかなければならない。そのためには、法制局長官の国会答弁を制限していくことが必要だ。
(中略)
 内閣の一部局に過ぎない法制局に解釈を委ね、憲法解釈を変更するという政治決断を避けてきた歴代政権に、最終的な責任があるのは明らかだからだ。
 
 これからは、解釈変更を含め、政治家が、自らの見識と責任において、国会答弁にあたることが肝要になる。
 
 それを前提にすれば、官僚を国会審議からすべて締め出す必要はない。行政の細部にわたる施策を聴取し、行政責任を追及する場には、言うまでもなく、官僚の出席を求めるべきである。
 
非常に無理がある書き方だと感じてしまった。
 
つまり、内閣法制局に政治的決断をゆだねてきた責任は政治家にもあるし、内閣法制局はが。これまで憲法解釈を確定する権限があるかのような扱いを受けてきたことも問題だというわけである。ということは、「政治家が法的な部分をふまえ政治的判断をしろ」と言っているわけである。
 
また政府提案つまり、内閣(政府)が国会に提出する新規法案に関しては、閣議決定に先立って現行法の見地から問題がないかを審査をしているわけである。であるならば、内閣法制局の人間が国会に場に立つ必要は無いことになる。
 
21世紀臨調の提案である「国政調査・行政監視会」制度が導入されることで行政実態に関して口頭で質問を行う機会が増える。つまり、今国会で、手続き規定を整備することで、行政の細部にわたる施策を聴取し、行政責任を追及する場は設けられていることになる。すなわち、読売の社説はまったく判断を誤っていることになる。
 
社民党の「多様な言論を担保する国会の場においていかがなものかとの思いがある」とすることも、「国政調査・行政監視会」制度が導入されることで意味の無い話となる。
 
また、社民党の重野安正幹事長は12日朝の記者会見で、政府特別補佐官として認められている内閣法制局長官の答弁を禁止する点について、「理由がわからない。政府から独立して憲法観を体現する人が必要だ」というのも間違いで、、日本の行政機関の一つであり内閣(政府)におかれる機関の一部分でしかない。
このことは、読売も内閣の一部局に過ぎない法制局と書いてある。
 
ようは、内閣が法制局長を任命するわけであり、内閣が気に入らなければ「首を挿げ替える」こともできないわけではない。であるなら、重野氏の弁は的を得ていないことになる。
 
 
ようは、国会で官僚の答弁の中の何が必要なのか見えていないのである。自民党(旧与党)側から言わせると、官僚が国会で「べらべらしゃべる」のは迷惑な話である。かと言って、民主党をはじめ社民党が大臣の代わりに官僚答弁をしたのであれば、何のための政権交代かわからなくなる。
 
当然、マスコミとしては国会の場で、官僚に旧政権の行ってきたことをばらして欲しいのであろう。が、国会は、官僚を裁く法廷ではない。当然ながら、「国政調査・行政監視会」で行うべきであり重要なものに関しては、証人喚問をしたらいいのである。
 
 
 
国会改革 脱・法制局長官答弁を支持する(11月6日付・読売社説)
 
 国会改革の論議が本格化してきた。旗振り役は小沢民主党幹事長だ。
 
 小沢氏は、「『脱官僚支配』は国会から始めなければいけない。政治家同士で議論できる国会にするため国会法の改正もしたい」と語っている。与野党でしっかり協議してもらいたい。
 
 小沢氏の改革案の柱の一つは、国会論戦の場から官僚を排除することである。内閣法制局長官も、その例外ではないと言う。
 
 国会法で法制局長官は、首相や閣僚を補佐するため、人事院総裁らとともに「政府特別補佐人」として出席が認められている。
 
 内閣法制局は、憲法解釈の政府統一見解を示したり、法案を現行法に照らし審査したりすることから「法の番人」とも言われる。
 
 しかし、内閣法制局集団的自衛権について、「保持しているが行使できない」とする解釈などを示してきたことが、これまでの憲法論議を歪(ゆが)め、日本の国際平和協力活動に必要以上の制約を課してきたことは否定できない。
 
 小沢氏も、自民党幹事長時代の湾岸危機の際、「自衛隊の国連軍参加は、武力行使を伴う場合でも憲法上可能」と主張した。だが、当時の内閣法制局長官の答弁によって否定されている。
 
 鳩山首相は、集団的自衛権の解釈は変更しないものの、「法制局長官の考え方を金科玉条にするのはおかしい」と語った。
 
 平野官房長官も、過去の法制局長官の答弁には縛られず、政治主導で憲法判断をすると表明した。当然のことであり、首相や官房長官の考えを強く支持する。
 
 内閣法制局は、これまで憲法解釈を確定する権限があるかのような扱いを受けてきた。これは改めていかなければならない。そのためには、法制局長官の国会答弁を制限していくことが必要だ。
 
 ただ、過去の国会における憲法論議の責任をすべて法制局に帰するのは間違いである。
 
 内閣の一部局に過ぎない法制局に解釈を委ね、憲法解釈を変更するという政治決断を避けてきた歴代政権に、最終的な責任があるのは明らかだからだ。
 
 これからは、解釈変更を含め、政治家が、自らの見識と責任において、国会答弁にあたることが肝要になる。
 
 それを前提にすれば、官僚を国会審議からすべて締め出す必要はない。行政の細部にわたる施策を聴取し、行政責任を追及する場には、言うまでもなく、官僚の出席を求めるべきである。
 
(2009年11月6日01時15分  読売新聞)
 
 
 
社説:国会改革 熟議して修正する場に
初めての本格的な政権交代が現実となった今、国会も政権交代時代に適応した姿に変わっていくのは当然だ。そんな中、学識経験者らで作る「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)の小委員会が国会審議の活性化を目指す提言をまとめた。議論のたたき台として評価できる内容だ。与野党は早急に改革論議を始めてもらいたい。
 
 野党はひたすら政府法案の廃案を目指し、与党は原案のまま成立させようとする。結果、国会は質疑の中身より、いつ採決するかの日程をめぐる攻防ばかりが横行する。従来の国会はこうした状況が続いてきた。
 
 元凶の一つは国会が通常国会臨時国会と細切れで会期が設定され、しかも会期中に衆参両院で議決されなかった法案は一定の手続きを取らないと廃案となる「会期不継続の原則」が続いてきたことだ。野党はこれを盾に「会期切れ・廃案」を狙い、与党は修正など念頭にないという姿勢を続けてきたといっていい。
 
 今回の提言では、これを改めるため、150日間と定めている通常国会の会期を300日以上とするなど実質的に年中、国会を開いて議論する「通年国会」の実現を求めた。
 
 また、民主党内にある「政府・与党は一元化されたのだから国会での与党質問は不要」との意見に対し、提言は「極論」と指摘し、与党も国民代表として審議に加わるのは当然と結論づけた。そして例外的とはしながらも、国会審議の結果、野党の提案に合理性があると判断した場合などは法案の修正はあってしかるべきだと指摘した。いずれも私たちが既に主張してきたところであり、妥当な提案である。
 
 焦点の官僚の答弁を禁止すべきかどうかに関しては、委員会を政治家同士の討論を原則とする「議案審査会」と、官僚に行政の実情をただす「国政調査・行政監視会」に分ける案を示した。隠されがちな行政情報を明らかにするのは国政調査権を持つ国会の重要な使命だ。官僚答弁の一律禁止には私たちも反対であり、今後検討すべき一案だろう。
 
 このほか党議拘束の見直しや議員立法の提出条件緩和など提言は多岐に及ぶ。いずれにしても目指すべきは議論を尽くす、つまり熟議して、法案をよりよいものに修正する、あるいは立案する国会である。
 
 今回の提言は小沢一郎民主党幹事長の要請に応えたものだ。このため自民党には反発もあるようだが、小沢氏の考えと一致していない提案も含まれている。小沢氏も与党・民主党に都合のよい改革ばかりを考えているのではなかろう。政党は与党にも野党にもなる。それを前提とした協議を進めてほしい。
 
 
 

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 寒空