普天間基地移設に関して、鳩山内閣は明日の米オバマ大統領との会談では踏み込まないとの報道がなされている。もっともシンガポールで行われたクリントン・岡田の日米外相会談では「普天間の早期決着で一致」との報道もなされている。
最後は、「私が決めます」と鳩山(由)首相は述べているのであるから、落としどころを探ってはいるのであろうが、落としどころ云々ではなく、鳩山氏の気持ちひとつでしかないように思えてならない。
それが、良いことなのか悪いことなのかは結果を見ないことには何とも言えないことも事実ではある。が、先送りをしても利は無いようにも思える。もっとも、三沢基地に配備をされているF-16の全面撤退、そして嘉手納基地に配備されているF-15の半数24機を三沢基地に配備するとの話が流れてきている。なにやら日本国内が、アメリカの前線基地に見えてしまう。
もっとも厚木には米海軍・岩国には海兵隊のF/A-18が配備されている。短期のローテーションながら嘉手納に配備F-22がされたりもしているし、日本の三沢の自衛隊も確か北米(アラスカだったかな?)まで訓練に出かけてもいたはずである。
そこで、少々時間を戻してみようと思う。
_______________________________________________________________
>核抜き本土並みっていう佐藤総理の方針っていうのが、私あんまり信じられなかったですね。
>核抜きっていうこともないんじゃないか、本土並みっていうこともありえないんじゃないか、と。もっと復帰するなら沖縄の真剣に考えた何かテーマを持たないとダメじゃないかと思ったんですね。
>3*年たって振り返ると、それは名言ですね。そう思われたとはすごいですね。今の沖縄から見ると本当にそうですね。核抜きというのも、今の沖縄の人は信じていません、ですね。
>思えないですよ。
>思えないですよね。
>それで佐藤内閣がなんでそう言えたかっていうと、そのアメリカのはうが沖縄の返還にあたって核抜きと言っていないんですね。通常は置かないと、それと非常時には持ち込むと。持ち込むことあるべしという考え方なんですね。そしたら外務省としては、こちらが聞かない限り、持ち込んだと言わないで欲しいって意見なんですね。
>そして、聞いたら本当のこと言ってくれと言ったんですね。それで、佐藤内閣にそれでいいのかって言ったら、聞かないから大丈夫って言ったんですね。だから、密かに持ち込んで日本側はなんかまったく無視しちゃってという発想なんですね。
>事前協議の問題ですね。その辺のところは、楠田さんあたりも良くご存知だったんでしょうね。
>いやー、楠田さんがもっぱら、やったんじゃないでしょうかね。そういう段取りを。
>若泉(敬)さんも。
>そう、若泉先生が盛んにそういうのを調整したんじゃないでしょうかね。
>そういうわけで、核抜き本土並みというのは、やっぱり、先生もちょっとおかしいんじゃないかと思われたわけですね。沖縄もおかしいんじゃないかと思う人がいて、復帰そのものの在り方を問うような反復帰論というのが出てきていましたね。そういう人々の一部から、独立論が出てきたわけですけども、しかし、大半はそうはならなかった、ですね。
>大半というか、ぜんぜんならなかったですよ。
>やはり米軍統治下で経済的に劣勢下に置かれているのを日本に復帰したら、経済的に少し豊かになるのではないかというような期待も随分あったんでしょうね。
>いやーだから、経済的な面で生活考えたら、. 復帰して良いんだか悪いんだか、現実にはわかんなかったんじゃないんですか。′まあ、日本の政府が全生活費を面倒見るとでも言ったら違ったでしょうけどね。本土並みって言っておしまいになっちゃったから、ちょっと暮らすのは不安な人もいたんじゃないですか。普天間の移転だってそうですよね。移転すると大変だという人も、少しいるんじゃないですか。やっぱりね。
>そりゃそうですね。
_____________________________________________________________
若泉敬氏に関してはあえて述べる必要は無いとは思うのだが、沖縄返還交渉の焦点となったのが核の問題であるが、若泉敬氏と楠田實氏が主にかかわり処理をしたのではないかとされている。
>それで佐藤内閣がなんでそう言えたかっていうと、そのアメリカのはうが沖縄の返還にあたって核抜きと言っていないんですね。通常は置かないと、それと非常時には持ち込むと。持ち込むことあるべしという考え方なんですね。そしたら外務省としては、こちらが聞かない限り、持ち込んだと言わないで欲しいって意見なんですね。
>そして、聞いたら本当のこと言ってくれと言ったんですね。それで、佐藤内閣にそれでいいのかって言ったら、聞かないから大丈夫って言ったんですね。だから、密かに持ち込んで日本側はなんかまったく無視しちゃってという発想なんですね。
この発想であれば、今までの産経の核密約に関しての論調にも納得がいく。楠田實氏の前職が産経の社会部の記者であることを考えると、下記の記事などは言い訳というか論点をそらしているにしか過ぎないことになる。
【社説検証】日米核「密約」論議
2009.7.6 09:08
■新たな脅威に対峙を 産経/うそをやめ説明せよ 朝・毎
「現実には、特に冷戦の時期米国の艦船で核兵器を搭載したものが、日本の領海を無害航行権に基づいて通航し、また横須賀等へも立ち寄ったが、日本として検認の手段はなく、実は六0年の交渉時、寄港及び領海通過には事前協議は必要でないとの秘密の了解が日米間にあったのである」
村田良平・元外務事務次官が昨年秋に出版した著書「村田良平回想録」(ミネルヴァ書房刊)で明かした、日米安全保障条約改定時の「日米密約」について、村田氏本人が最近、毎日、朝日などのインタビューに対し、「文書を前任者から引き継ぎ、後任に渡した」と証言した。衆院外交委員会で野党側が村田氏の参考人招致や証人喚問を求めるなど「密約」論議が再燃している。
各紙の論調を紹介する前に、この問題に対する視座を確認しておきたい。
日米間の当時の外交交渉における水面下の了解事項は冷戦時代の産物といえよう。すでに米国側の外交文書などによって存在も裏付けられている。それを今になって、この時期に追及することにはちょっと違和感をおぼえる。
この問題について、政府は「密約は存在しない」(河村建夫官房長官)とこれまでと同様の見解を繰り返した。しかし、村田氏の証言通りとすれば、外務省が密約を組織的に管理していたことになる。毎日と朝日は第一に政府の「うそ」を厳しく批判した。
「外交を預かる外務省の事務方トップが自らの体験を踏まえて証言したことは重い意味を持つ。政府は速やかに密約の存在を認め、事実関係を国民に明らかにすべきである」(毎日)
「外務官僚のトップ経験者が認めたのである。政府はもはや『うそ』の上塗りをやめ、歴史の事実を国民の前に明らかにしてほしい」(朝日)
両紙は「外交交渉の中には、すべてを国民に明らかにできないこともあるだろう」(朝日)などとしつつ、「日本の安全保障政策の根幹にかかわる問題をいつまでも隠し続けているのは外交に対する国民の信頼を得るうえで大きなマイナスである」(毎日)と断じている。
産経の主張は率直である。第二次大戦後、日本が日米安保条約体制を通じた米国の「核の傘」に国家の安全を委ねてきたこと、冷戦時代には核抑止を確かなものにすると同時に核廃絶の理念を両立させる必要もあったことを挙げ、そうした当時の状況への理解なしに「同じ論議を重ねるのは不毛と言わざるを得ない」と指摘した。
産経は次のように提言し、「密約」論議に一石を投じた。
「日本にとっていま重要なことは、北朝鮮の核開発などの新たな脅威に向き合う日米安保体制や拡大抑止(核の傘)のあり方を超党派で論じることではないか」
読売は毎日、朝日と同様、「密約」を否定するのは国益に沿わないとの見解だが、同時に「タブーにとらわれない核論議」を強調した。非核三原則にも踏み込み、「核兵器の保有と製造の禁止を継続するのは妥当だとしても、『持ち込ませず』は、冷静に議論し直していい」と論じている。
「村田氏の『密約』証言は、過去、現在、未来にわたり、日本が核とどう向き合うかを改めて考えさせる」(日経)
その通りである。ただし、「国会の場でも、過去を蒸し返すよりも現代の緊急課題に即した(核)抑止論議を最優先してもらいたい」(産経)。
「密約」否定の政府を追及するだけでは、問題の本質を把握できない。(鳥海美朗)
◇
■核「密約」論議に関する各社の社説
朝日・また崩れた政府の「うそ」 (6月30日)
毎日・詭弁はもう通用しない (6月30日)
読売・政府は密約の存在を認めよ (7月 1日)
産経・問うべきは核の傘の信頼 (7月 3日)
日経・冷戦史の断面映す村田氏の「密約」証言(7月 1日)
_____________________________________________________________________
核持込容認の片棒を担いだ産経であるからこそ、核密約には触れてほしくはないし、話をそらしたいのではないか?
産経は、核密約を知っていたのではないかという疑念さえわく。
産経の記事には、「日本にとっていま重要なことは、北朝鮮の核開発などの新たな脅威に向き合う日米安保体制や拡大抑止(核の傘)のあり方を超党派で論じることではないか」と書かれている。
そうではないだろうと思う。なぜに、うそをついて核密約を誤魔化したのかを問われているのである。と同時に、問われているのは、なぜに核抜きではいけなかったのかの正確な時代背景を論じていない点である。
>「核抜きっていうこともないんじゃないか、本土並みっていうこともありえないんじゃないか、と。もっと復帰するなら沖縄の真剣に考えた何かテーマを持たないとダメじゃないかと思ったんですね。」というこの部分であろう。
佐藤内閣の人気取り・実績のために沖縄返還を取り決めたのであれば、後世に禍根を残したということである。この時点で、返還後の沖縄の姿を明確に描いていたのであれば、もっと違う姿になっていたと思う。
もう一点、非常に不思議だと思っていた点もインタビューでは語られている。
>沖縄返還に見合うアメリカへの返戻って何を言ったのか。繊維問題だけが表面に出ちやいましたけども、繊維だけでやるわけないすよね. だけど、今でも分からない隠れた話が、いっぱいあんじゃないすか。で、それを一番よく知っている、佐藤総理の秘書官だった楠田さんが死んだために、わかんなくなったですね。「楠田日記」作ったけども、楠田さんそこのところをやっぱり手帳にはあんじゃないかと思うのに印刷には書いてませんね。
>ま、ロッキードとか繊維とか、そういう部分的には出てきますけどねえ。
>若泉さんもそういう密使的な役割をしました。
>米軍施設の買い取りの部分で、特に沖縄に流通していた米ドルの部分をちょっと高めに買い取って、その分、米国債とバーターにしてっていうような話はちらちら出てきています。
>いろんなことをやったんじゃないかと、思うんですね. 田中角栄っていうのは、その佐藤さんの後始末を背負っちゃったから、かわいそうな総理だったですね。病気して死んじゃったからいいようなもんで、生きてたら佐藤内閣の罪を全部背負わされたんじゃないですかねえ。
>先生の楠田氏追悼文のコピーを高島さんに送っていただいて読ませていただいたんですけども、楠田さんは要するに、黒子として沖縄返還に尽力されたわけですね。
>いやあ、会ったときは最初は新聞記者に過ぎないわけですからね。それから、佐藤内閣に入っちゃって、沖縄のことせっせとやっておられて∴楠田さんっていうのは、やっぱり沖縄にとってはちょっと特別な人ですね。
>それで、先生がおっしゃったように、一番大事な細分はやはり言わないまま、亡くなったんですね。
>言わないっていうのはねえ、佐藤内閣がその福田さんに譲らないで、田中さんに譲った理由が書いてないんですよ。一番よく知っているはずなんですよね. 楠田さんが。
>それ書いてないんですよ。だから、私、直接楠田さんに、言ったんですよ。ここ書いていないと。これはちょっと手落ちじゃないかと。なんであれだけ、福田、福田って言っていたのに、突然、角栄にしたんだ。
>そしたら彼は自民党の中がいつの間にかそうなってたんですっていうような返事しかしてくれなくて、そいで、死ぬまでにはもう一度、手記を追加して書いてくださいよって言ってたら死んじやったんですよ。そこは永遠の謎なんですね。
>たしかに謎ですね. 私たちから見ても、ちょっと不思議な流れですね。
>不思議ですよね. やっぱり、佐藤さんの後始末は、福田さんのようなやんごとない政治家じゃあ無理って思ったんじゃないすかね。
>清濁併せ呑むような政治家じゃないと。
>ええー。
>田中さんの方が適任だったわけですかね.
>田中さんにやって欲しかったんじゃないすか。
>福田さんだったらちょっと大変だろうなというのがあったかもしれませんね。
________________________________________________________________
年代的には、小沢一郎氏が議員に当選をしたのが1969年であることから、田中角栄氏の下でこのいきさつを知っているものと思える。田中角栄氏が、産経の購読を議員や知人・また講演会で勧めていた時期があるのだが、楠田氏のこの行動をみると納得ができる。
しかし、中国との国交正常化に対してアメリカ側の不快感を示したのが先か、アメリカと佐藤(栄)氏の思惑を察した田中氏が中国に近づいたのかが先かは推測の域をでないのだが、ようは、官僚政治を裏で後押しをしているのは、過去も現在も産経であろう。
民主党が、本当に官僚政治から脱却をしようとしたのであれば、何が邪魔な存在なのか朧にみえてくる。
楠田・若泉両氏は 、沖縄返還の合意文書に下記の一文を盛り込むことで合意にこぎつけている。
〈日本国政府は、大統領が述べた前記の重大な緊急事態が生じた際における米国政府の必要を理解して、かかる事前協議が行なわれた場合には、遅滞なくそれらの必要をみたすであろう〉
つまり、ややこしく書くと、日本側は事前協議が行われなければ、日米安保条約の定める「重要な装備の変更」はないものととらえ、「核兵器の持ち込みはない」と言い逃れることができる。一方、アメリカ側も「遅滞なく必要をみたす」との言質を取ることで、有事には核を持ち込めると解釈ができる。
簡単に言えば、
>それで佐藤内閣がなんでそう言えたかっていうと、そのアメリカのはうが沖縄の返還にあたって核抜きと言っていないんですね。通常は置かないと、それと非常時には持ち込むと。持ち込むことあるべしという考え方なんですね。そしたら外務省としては、こちらが聞かない限り、持ち込んだと言わないで欲しいって意見なんですね。
>そして、聞いたら本当のこと言ってくれと言ったんですね。それで、佐藤内閣にそれでいいのかって言ったら、聞かないから大丈夫って言ったんですね。だから、密かに持ち込んで日本側はなんかまったく無視しちゃってという発想なんですね。
楠田氏との関係もあるだろうし、産経がこのからくりを知っていた可能性が非常に高いと自分は思っている。
94年の文藝春秋「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」によると、若泉氏は佐藤首相を前に、「私は佐藤栄作個人のためにやるのではありません。あなたが、日本国の総理大臣だから、やらせていただくのです」と覚悟を伝え、決断を迫った。
「一国の宰相にふさわしい聡明な決断をされ、歴史に責任を負っていただかないと困ります」
ただ、密約が外に漏れれば交渉が台無しになる。若泉とキッシンジャー、ふたりの「密使」が描いたシナリオは次のようなものだった。
会談の最後に、ニクソンが佐藤に大統領執務室の隣にある小部屋で美術品を鑑賞することを提案する。ふたりだけで小部屋に入り、核問題に関する秘密の合意議事録にサインする。署名はイニシャルのみで、それぞれ1通ずつ保持する──。しかし、実際には、ニクソンがフルネームで署名したため、佐藤もそれに倣ったという。
元外務事務次官であり、若泉氏の愛弟子であった谷内正太郎氏も「若泉さんが願ったのは、対米依存、対米追随の外交から脱するためにも、日本でも正面から安全保障をめぐる議論を始めることだった。それは現在の日本にもなお、当てはまるのではないでしょうか」とのべていると同時に、「核の再持ち込み密約はあった、と私は思います」ともしている。
もっとも谷内氏は、若泉氏の下で下宿をしていたわけで、当然いきさつは知っていたと思われてもしかたはない。もっとも谷内氏本人は「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」を読んでからだとは言うのだが、さてさて。
「若泉さんが願ったのは、対米依存、対米追随の外交から脱するためにも、日本でも正面から安全保障をめぐる議論を始めることだった。それは現在の日本にもなお、当てはまるのではないでしょうか」とする発言には、ある部分では理解はできるのであるが、であるならば、なぜにゼロベースつまり丸裸から構築をする覚悟が無かったのか不思議である。
日本が丸裸の状態になって、すぐにどこかの国が侵略をしてくると思ったのであろうか。今までの自民党政権と同じで、あちこち修復をしながらでは間に合わないくらい話がずれてしまっている。
当然、沖縄の基地問題もゼロベースで俎上にあげるべきであり、「まずは基地移転」ではなく、「なぜに日本に基地があるのか」、「本当に基地は必要なのか」から考えなければ、解決をみることはできないと思っている。
これまでに明らかになっているのは、核の再持ち込みの密約のみならず、協定に書かれていないが、土地の原状回復補償費としての400万ドル(当時約12億円)の肩代わりや総額6億ドルを超える対米支出のカラクリも解き明かされている。
今までの政権では、対等な外交にはほど遠い状況であったことを考えると、今しか変える事はできないと思えてならない。

by yosane0310
回答はなかったというレトリッ…